哺乳類の卵には,「卵黄」はなく,栄養分は「胎盤」を通じて供給されている。こうして発育するウマやウシは,生まれてすぐ立ち上がることができるが,大きく育った子どものために出産時に死にいたることもある。私たちヒトは,この問題を解決するために,「まだ胎児が小さい段階で産む」という作戦を採用した。そして,直立二足歩行,大脳の大型化などの進化を経て,まわりの自然や社会と共存していく力をもつようになったのである。
もっと詳しく※東京書籍 高等学校理科用教科書「生物」より引用
霊長類の進化
霊長類(サルのなかま)は,森林の樹上を中心とする環境に適応した哺乳類である。その中で,日常的に直立二足歩行を行うものが現れ,それが現在のヒトの祖先となった。霊長類の祖先は,白亜紀の終わりに出現した原始食虫類にさかのぼる。原始食虫類は,現在のツパイという小動物に似ていたと考えられている。
新生代になると,樹上生活に適応した原猿類(キツネザルのなかま)が現れた。このなかまは,ものを立体視できるように両眼が顔の前面についており,また樹上で枝などをつかむために,扁平な平爪が進化している。その後,オマキザルやオナガザルなどの真猿類が出現した。真猿類では,親指が小形化し,親指がほかの4本指と離れて向かい合うようになっているので,枝をしっかりと握ることができる。
約2200万年前の地層からは,テナガザル,オランウータン,ゴリラ,チンパンジーなどの祖先とされる類人猿の化石が発見されている。現生の類人猿の中でチンパンジーがヒトに最も近く,遺伝子の塩基配列の違いは,1.2%程度である。また,ヒトとチンパンジーの系統が分かれた年代は化石やDNAの研究から,700~800万年前と推定されている。
人類の出現
類人猿とは異なり,直立二足歩行や小さな犬歯などの特徴がみられる方向に進化した動物を人類と呼ぶ。初期の人類は猿人と呼ばれる。その中で最古のものは,アフリカ中央部のチャドで発見されたサヘラントロプスで,およそ700万年前に出現したと考えられている。その後,約580~440万年前にアルディピテクスの一種であるラミダス猿人が現れた。ラミダス猿人は骨盤の構造などから直立二足歩行をしていたと推定されている。420万年前頃からは,アウストラロピテクスが出現し,その化石は東アフリカや南アフリカで多数発見されている。最近の研究によると,初期の人類は必ずしも開けた場所での地上生活をしていたわけではないらしい。彼らが確かに直立二足歩行していたと考えられる証拠としては,脊椎が頭骨に入る部分(大後頭孔)が頭骨の真下についていることや,骨盤が横に広いことなどが挙げられる。こうした特徴により,骨格を支えとして二足立ちを保つことが可能となった。また,アウストラロピテクスでは,二本足で歩いた足跡の化石も発見されている。これらの初期人類は,犬歯が小さく退化し,歯列が放物線に近いなど,類人猿とは異なる特徴をいくつももっている。また,約260万年前からは,石を砕いてつくった簡単な石器も使用していた。しかし,脳容積※1は現在のヒトの3分の1ほどであり,類人猿との明らかな違いはみられない。
- ※1 脳容積とは,頭蓋腔容量(とうがいくうようりょう)のこと。大脳や小脳などの脳全体の大きさよりも大きな値となる。
原人・旧人の出現
およそ200万年前になると,原人(ホモ・エレクトスなど)が出現する。猿人の化石はアフリカ大陸のみからしか見つかっていないが,原人の化石は,アジアやヨーロッパなどから出土している。そのため,人類はアフリカで誕生し,原人の時代になってから初めてユーラシア大陸に広がったと考えられている。原人の体の構造は猿人とは異なり,相対的に腕が短く,足が長くなって,現在のヒト(ホモ・サピエンス)に近くなっている。このような骨格から,猿人は森林とサバンナの両環境で生活していたが,原人となって開けたサバンナに適応し,完全な二足歩行が確立したと推定される。原人は,猿人よりも進んだ,形の整った石器を使っており,火を使用していた証拠もみられる。また,肉食を頻繁に行っていたと考えられる。脳容積は,アウストラロピテクスよりもずっと大きくなった。
80万年前ごろになると,脳がさらに拡大した旧人(ホモ・ネアンデルターレンシスなど)が出現する。旧人たちは複雑な石器技術をもっていたが,その分布範囲は,原人よりわずかに広がった程度であった。旧人のなかで約30万年前に出現したと推定され,その後,ヨーロッパと中近東を中心に広がった集団は,ネアンデルタール人(ホモ・ネアンデルターレンシス)と呼ばれている。彼らは骨格が非常に頑丈であった。また,脳容積は現代人と変わらない。居住跡からは,死者の埋葬をしていたらしい痕跡も見つかっている。
ネアンデルタール人は,ヨーロッパと中近東地域の寒冷化やホモ・サピエンスなどの拡散などが影響して,絶滅したようである。ネアンデルタール人の核のDNAを調べたところ,アフリカ以外の現代人の一塩基多型の1~4%がネアンデルタール人由来であることが明らかになった。
ヒトの出現
化石やDNAの分析から,現生のヒト(ホモ・サピエンス)の直接の祖先は,およそ20万年前にアフリカでくらしていた集団であると考えられている。彼らは新人と呼ばれ,およそ7~5万年前にアフリカを出て,ユーラシア大陸に進出し,その後,全世界に広がったと考えられている。彼らは,さまざまな用途別の精巧な石器を使用し,洞窟内に動物や人間の壁画を描いたり,人物を表した小さな彫像をつくったりしていた。
ヒトの特徴の1つに言語を用いることがあるが,人類の進化のなかでいつごろ言語が現れたのかは,よくわかっていない。言語をもつためには,発声器官と大脳の両方の進化がなくてはならない。ホモ・エレクトスは発声にかかわる胸部の神経が発達していたとされるが,彼らが言語を用いていたかどうかは不明である。